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ユーキ10年の歩み その2

[シャッフルからパワナイへ]

では問題!ユーキの初企画のタイトルは?
この質問に対し、『パワーナイトエクスプレス1号』と答える人も多いのではないでしょうか?
しかしそれは間違いで、ユーキ初企画は『シャッフルエクスプレス』なのです。
ちなみにこのシャッフルエクスプレスもパワーナイトエクスプレスも1回目は
“1号”とは付きませんでした。
1回目が『シャッフルエクスプレス』で、2回目が『シャッフルエクスプレス2号』でした。
シャッフルエクスプレスはこの2回で終わりました。

このタイトルの意味ですが、バンドもアコースティックも打ち込みも、
ジャンルに関係なくごちゃ混ぜにしようという意味が込められています。
しかしシャッフルエクスプレス2号の時に、このイベントを2回で終わらせる事となる
ある事件が起きてしまいました。
その事件とは、この企画で一番盛り上がったであろうあるバンドの後に
アコースティックのアーティストが出たのですが、
その時に一部の観客の観戦マナーが良くなくて、
バンドとアコースティックが一緒に出演するイベントの難しさや問題点が浮き彫りになったのです。

そして自分の出した結論は、バンドとアコースティックを別々のイベントに分けることでした。
バンド中心のイベントを『パワーナイトエクスプレス』として、
アコースティックのイベントを『スウィートメロディー』としました。
ただ、パワナイは決してバンド限定という訳ではありません。
ユーキ自身もバンドではありませんが、
バンドに混ざって出ても迫力や盛り上がりで負けないようなアーティスト、
お客さんの力である程度盛り上がりそうなアーティストに限って、
アコースティックでもパワナイに呼ぶことがあります。
また、スウィートメロディーは基本的にはユーキ自身は企画だけで
出演しないイベントとして始めましたが、
長野のライブハウスJで開催した1回だけは自らも出演しました。


[脱あーた]

シャッフル時代の2回のイベントには『あーた』に出演してもらい、トリを任せましたが、
シャッフル2号の直後にあーたが活動休止となり(事実上の活動終了)、
それまではあーたの恩恵でそこそこの集客を誇ってきたユーキ企画でしたが、
あーた抜きで、初めて1人のユーキというアーティスト(?)として自立して挑んだ
2004年10月に開催した『パワーナイトエクスプレス』(JUNK BOX)では、
イベンターとしてアーティストとして初めての挫折を味わいました。
その時にあーたの偉大さ、自分のあーたへの依存度の高さを実感しました。


[引退の危機]

ライブデビューから2年3ヶ月後の2006年3月にALECXでパワナイ3号を開催しました。
このパワナイ3号では、バンドの出演する自主企画としては5回目にして初めて、
自分がトリを務めました。
それまでの4回はトップでした。
歌や打ち込みの技術はともかく、会場を盛り上げるという事では
それなりの自信がついてきていたので、そろそろトリでもいいかなと思い、トリをやりました。
しかしそのパワナイ3号に他のバンド目当てで来てくれたあーた繋がりの複数の知り合いの人が、
ユーキのライブを観ずに帰ってしまい、その事がすごくショックでした。
それがきっかけで、「自分がライブを続けていても意味がないのではないか」と思うようになり、
その判断をお客さんに託すという“引退を賭けたライブ”を同年6月に決行。
ルールは、松本と長野でそれぞれ通常ブッキングライブに出演し、
ユーキ目当てのお客さんの数が2会場合計で15人に満たなかったら引退、
15人以上だったら活動続行というものでした。
その結果、活動を続行することになりました。


[脱高校生]
パワナイでは3号から10号までの8回連続で、
ワンマンのオープニングアクトも含めれば
9回連続で高校生バンドに出演してもらいました。
元々高校生バンドを呼ぶようになった理由は、
若いお客さんも沢山呼びたかったからです。
ちなみに、企画に呼んだ高校生バンドのほとんどが、
それまで全く面識が無かったのに声をかけました。

しかし自分の年齢を考えると、いつまでも高校生に依存していてはいけないと思い、
全く面識のない高校生バンドを企画に呼ぶのはやめようと思うようになりました。
そして先日のパワナイ11号は、9回ぶりに高校生バンドの出演しない自主企画だったのです。
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